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 その光景を見たあと今後を考えて、土地の開発がはじまったばかりのつくばで新たに不動産業を始める事になりました。

父は幸いにして昔から近所の人にかわいがってもらいながらコロッケを売り歩いていたので
不動産業をはじめたといえば、中には大きな資産を任せてくれる人もいました。
そしてそれを後押しするかのようにつくばで、EXPO85(科学万博)がおこなわれます。

当時のつくばは道路も完全には舗装されておらず、科学万博に間に合うように応急措置的に作った道はまだ砂利道でした。
そして、深い山中だったつくばで車を止められると「山賊に襲われる。」、「追い剥ぎにあう。」というのが都心の人のもっぱらの評判でした・・・。
そんなつくばにも本当に万博がやってきて、それに関連する観光や仕事へと全国、全世界から多くの人がつくばに訪れます。

それに合わせるように地元では万博需要に合わせたアパート、マンションの建築が急ピッチで始まりました。

その波に乗るように父の商才が発揮されホソダ興産の土地、不動産仲介や売上げもアパートマンション管理個数もどんどん増えていきました。

当時小学生だった私は「不動産」の意味さえも良くわかっておりませんでした。
子供の頃を思い出すと父にはいろいろな場所に連れて行ってもらったのをよく思い出します。
そして、その移動ついでに、お客さんの所へ寄ると「ちょっと行ってくる。」と言ってはなかなか戻らない事が多かったものです。
あまりにも待ち時間が長いときは車の中で寝てしまったり、待ちきれなくて中まで親父を呼びに行くことも良くありました・・・。今思えば困った子供です。(^_^;)

又、親父と一緒になってお客さんの家へ行く事もよくあったのですが話がとにかく長ったのしか覚えていません。しかもほぼ世間話です・・・。
(今ならわかりますが、不動産屋の仕事って9割位は世間話で大切な所は1割くらいですよね。子供の私にはすべて世間話にしか思えませんでした。)

そういう父の背中を見ていたので、子供ながらにいつしかお父さんは何をしているの!?と聞かれると
「いつも、お茶飲みばっかりしてるよ!(ーー;)」と近所の人には言っていました。

そして会社は当初から非常に忙しく、父はいつも家に居ないというような生活でした。



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