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ホソダ興産物語

不動産業のコンサルタントとして30年。ホソダ興産、創業物語です。

ホソダ興産物語ホソダ興産の前は新興商事という名前でした。

今まで30年近く不動産業を通じて、多くの人やつくばという地域に会社経営を通していろいろな形で貢献してこれたわけですが、経営状況は常に順風満帆というわけではありませんでした。会社基盤を作った初代社長は借金をしながら投資、回収しては投資という常に危険と隣り合わせの事業を、先見の目をもって切り抜けてながら今日まで営業することができました。これも皆様のご協力、ご支援あってのことだと思います。本当にありがとうございます。
そんな30年近くの事業軌跡、創業秘話を部門ごとにご紹介したいと思います。初代社長が何も無い状態から今までの基盤を作る過程を簡単ではありますがご紹介させていただきます。それではホソダ興産の創業物語のはじまり〜はじまり〜。

つくば賃貸部門

私が不動産業をはじめた30年前近く前、アパート、マンションなどの賃貸物件は現在のつくば市内にはほとんどありませんでした。その当時、畑や野原、田んぼという 田舎の中に筑波大学や国の最先端の研究所があるというなんとも不思議な地域でした。その昔、現在のつくば市に行って車を止められたら山賊捕まり追いはぎにあうと言われていた位です。その位つくばは今は想像できないくらい大変な田舎でした。

そんな環境でも、大学生や研究員がいるので必ず賃貸事業の需要があると私は思っていました。その思い、思考策を地元の大地主さんや農家を回りながら信頼をつかんで、幾つもアパート・マンションを建築、管理していったのが今の賃貸部門の始まりです。その後、科学万博が開催され名実ともに世界のつくばになることになります。その効果もあり、地域全体として一気に賃貸事業が発展することになります。

当社にも科学万博需要に合わせて大型法人でまとめて借上げるという話がありました。それを見込んで建築したマンションもありましたが、その法人は待てど暮らせど話ばかりでハンコを押しません。そんなの待っていられないと一般向けに大々的に呼びかけて法人借上げ以上の入居率をあげました。結局その借上げ話は無くなってしまったので、この時の判断が遅かったらその大家さんの信用は掴めなかったと思います。

しかし賃貸部門をやっているからこそ良かった事も沢山ありました。例えば、出入りがあるため若い人と出会う事ができて新しい感覚や時々の時代のニーズを最前線で感じることができる所です。その為お客さんの変化、ニーズにすばやく気づき、それに合った建物を作ったり、今までに無い物を考えて大家さんに提案する事ができました。お客さんのニーズがわかない事にはお客さんに選ばれるものを作ることはできないですからこれは生きた勉強でした。

今までは賃貸事業の拡大は難しいと考えていました。それは数が多くなれば家賃を滞納する人が増えるからです。ましてこのような景気では増える一方です。取りに行くと思うのは家賃を払えない人への対応は非常に難しいという事です。本人は頑張っていてもお金を貯める癖が無いので、なかなかお金を払うことはできません。しかし当社としては、自分達で入居させた以上、家主からの信頼に答える為にきちんと入金させることが絶対に必要です。

ですから最初の頃は、夜中まで未納者の帰宅を待って念書をもらったり、家賃を払ってもらったりしました。中にはいたのですが、いくら督促しても払わずに居座るツワモノの場合は私の自腹で建物の屋根を取ってしまったこともありました。それ位の覚悟を持って仕事に取り組んでいたので相手も吃驚して最後には立退きましたね。それ位家賃督促は大変な仕事なんです。今でも年末には全額立て替えて大家さんには入金します。それ位の覚悟があって初めて信用は掴めるものですから。

他の不動産業者では保障協会に入会してもらっている所もあるようですが、そのような所なら数を爆発的に増やすことも可能でしょうけれど、私としてはあまり保障協会は好きではありません。なぜなら保障協会の裏には当社としてはあまり関わりたくないタイプの人達が絡んでいる事が多いからです。もちろん保証人が必要ないのですから、不法外国人や犯罪者、身元がはっきりしない人でもお金さえ払えば誰でも入れるという事になりかねません。そうなれば、隣の住人はどんな人なのか、犯罪者なのかよくわからない身元不明人が隣に住むことになるかもしれません。それでは入居者としては嫌でしょう。アパート・マンションは共同生活ですから、不審者が出入りしている建物は普通の人は出て行ってしまいます。

だからこそ当社はきちんと保証人を取ります。ただ、基本的は入居者様と私達との契約です。ですから入居者の人間性を見て信頼して初めて契約させてもらいます。それが結果的に入居者にも私どもにも安心と安全(身元不明、不審者は入居できないシステムにより)、大家さんにはきちんと入金することができます。又、身元がしっかり割れているので不審者が周りの住民に迷惑をかけて空き物件にされる事もありませんでした。

しかし2005年につくばエクスプレス開通でつくば市に駅ができます。そうなれば必ず駅から〜分という基準で賃貸物件は見られることになります。そのときに向けて今のうちからお客さんに選ばれる建物を作ることは地域にも地域住民にもプラスだと思います。
又、駅開通により人の出入りや人の考え方が刺激的になれば自然と不審者、不法滞在者などが住みにくい環境になるからです。賃貸市場はまだまだ伸びます。今後は今まで通りのやり方で賃貸業も拡大をしていきたいと考えています。

土地・建物部門

そもそも土地・建物等の不動産事業を始めたのは日本政府がつくばという地域に1兆2千万円を投じて開発を行うということが後押しもあり始まったのが不動産売買業です。その当時賃は貸部門にも書いたとおり、つくば地域とは何も無い所でして今後伸びると期待される場所でした。

その当時の開発の一端を担いホソダ興産の不動産部門も結構な活躍しました。創業当時はお金がなかったので、銀行に借入れをしたのですが、実績や担保がないためない為になかなか貸してくれませんでした。そんな時は事業プランや返却予定を銀行の全行員に3分ずつ時間をもらって説得して、無担保で5千万借りたこともありました。結局は熱意とやる気次第で何でもできるということです。

そして借りた金で投資、売買を繰り返ししました。多いときで年間60件近くの売買・仲介をこなした時もありました。映画に行ってはたまたま隣にいた人に土地を売ったり、義理の妹が交通事故にあって保険の関係で警察に行ったには、その担当警察官に土地を売った事もありました。警察官も人間です。私が人間らしい対応をした事によりきっと私を信頼してくれたんでしょうね。

そのようにきっかけがあればどんどん営業をしていきました。しかし、そんな波に乗っている時でも決して妥協はせず、人間らしい気持ちと購入希望者には必ず境界立会いをして現地を確認してもらう事は忘れませんでした。時には豪雨のさなか藪の中を入っていって確認してもらう事もありました。おかげで、新車は傷だらけになった事もありましたが、そんな事気にしません。購入者が大丈夫だといっても必ずお客さんの目で見てもらい確認してもらう。その基本を決して忘れることはありませんでした。

仕事は信頼です。私の場合信頼を得るために看板代は1年先払い、地代も前払いして地主さんの安心と信頼を勝ち取ってきました。土地でも建物でも借りている以上は他人の物です。今に自分の土地を持ってみせると歯を食いしばって仕事をしてきました。そんな仕事ぶりが評価されてか不動産売買・仲介数も順調に伸びていきました。

そんな幾つもの不動産売買や取引を繰り返してきて究極的に行き着いたのは、他にはまね出来ないノウハウを使い、安くて維持費がかからない不動産を提供することです。それがより多くのお客さん多くの喜びを提供するという事につながり今現在のノウハウ構築、実績につながります。ですから、当社から不動産を買った人は普通に買う人よりも生涯1000万円〜1500万円は得してるかもしれませんね。小さい企業は大手とは違う方法で勝負する事ができなければ生き残っていけませんから。

ウィークリーマンション部門

仕事が始まった30年前は賃貸物件の需要が少なかったので細かい要望は出なかったのですが、新築物件がどんどんでてきて賃貸物件が供給過剰になりだすと、お客さんからいろいろなニーズがでてきました。当初頭金が無い人でも入れる物件や3ヶ月や4ヶ月の短期間でも賃借可能な物件を探すお客さんが少しづつでてきたのです。

又、私の娘は東京の企業に勤めているのですが、その娘が働きすぎで体調を壊した時に会社提携の病院に緊急入院することになりました。それを聞いて、私は体一つで病院に駆けつけました。治療は深夜までかかりました。私は心配して疲れきった体を休めるために病院に泊めてもらおうと思って受付に申し出ると、宿泊は無理だという答えでした。その周辺には宿泊施設も無い東京のはずれの地域でした。病院から娘の寮まで1時間、実家まで2時間という大変不便な立地でした。こんなに大きな病院なのに介護者用の宿泊施設も無いのか!なんて不便なんだ。と思いつくばに帰りすぐに短期滞在が可能なウィークリーマンションを作ることにしました。

これは細かなお客さんのニーズに答える分野でもあると思ったからです。 仕事とは自分の欲を満たすだけではなく、相手を思う事、相手の不便を解消してあげられる事からはじまります。今後そのような急な事情や個人の事情にあったさまざまな不便を解消すべく多地域へと進んで行く予定です。

経営者として

私が起業するという選択肢を選んだのは自分のやりたい事をするには起業するしかないという事をわかっていたからです。世間では起業が怖い、リスクが大きいと言いますがそんな事を言っているようではだめです。まさにナポレオンと一緒です。「私の辞書に不可能は無い。」本人がやる気ならば不可能は無いのです。

そんな私が30年事業をしてこれた秘訣はと聞かれましたら
(1)人に迷惑をかけない
(2)協力者を抑える

という事があげられます。

(1)は人に迷惑をかけている人で生き残れる、繁栄するほど世間は甘くないからです。
(2)の協力者は自分一人では能力にも、知識にもある程度の限界がある為、その辺は割り切って違う分野が好きだという人を集めることが大切です。
そしてその分野を信頼して任せることがその人の可能性を伸ばすことにつながります。さらに分野の違う仲間を持つことによって新しい発想、知恵がどんどん出てきて企業全体としても更に良い方向へ向かいます。

これからは速い情報、正確な技術、心地よいサービスの3分野を保てる人、企業が勝ち組となり繁栄していくのです。又、今は1000万円を1年積んでも数百円しか利息がつかない時代です。そんな時は借金をして仕事をしてはいけません。例え、儲かるとわかっていても今はしてはいけません。どうしてもその事業がしたければ必要な金額を稼げるだけのお金を貯めてから勝負すればいいのです。お金を産みだす能力もないなら経営をするべきではありません。お金を産みだせるようになってから経営をはじめる方が得策といえます。今の経営は我慢の経営です。最後まで我慢して自分の出せるだけの投資をしてきっちり回収できる人だけに勝利の女神は微笑みます。

今後経営をはじめる人へのアドバイス

自分で思ったら決して諦めず、挫折せず、苦しくても誰かのために捨石になれるこころをもって頑張れば必ず芽は出ます。時代を見て、誰かの役に立つことを一生懸命考えて、思いつかなければもっと深く相手を思い、考え抜いてこそ良いものを生み出すことができるのです。技術も人間力も常に磨くように努力してください。後は健康な体を持つ事も大切な勝利条件です。有酸素運動、筋力アップ、バランスよく食べ物を食べて自己管理をする。自己管理すらできない人には何もできません。自分に厳しくがんばろう!!

今後の経営方針

今後は地域に必要な物を不動産事業にとらわれずにしていこうと思います。利便性や快適性を追求して、初めてつくばに来た人が「つくばに来て良かった。」「つくばにきて嬉しかった。」「つくばで安く済んだ。」「つくばで丁寧に対応してもらった。」「つくばは面白かった。」というような“よかった探し”が沢山できるような地域にしていきたいです。 物あまりの時代に人々はありきたりの物では満足しません。ましてや東京へと電車が開通すれば新しい情報、新しい刺激の多い東京に人が流れることは確実です。ですから未だかつて誰もできなかった、誰も気づかないような分野をやる事ができるのはフリーターになった(笑)自分しかいないと思っております。今後は今までになかった“よかった探し”沢山やりますので期待していてください。

話し手 元代表取締役(現在フリーター)細田 利夫

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