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ホソダ興産 社長物語

小学校時代

ホソダ興産 社長物語小学校低学年(右から3番目)

私が通っていた小学校は土地柄、研究所の沢山ある地域で そこに通う子供は皆、研究者の息子、娘だったり国を代表するような特殊な技能を持つ外国人研究者の子供ばかり・・・というある意味とても特殊な学校環境でした。
学年に外国人は10人位はいつもいましたし、更に親の仕事の関係で転校する子も多いため、毎年10人〜20人位入れ替わるような、ワールドワイドな小学校でした。

そんな中、私は根っからの茨城っ子でしたし、近所のハナタレ小僧とばかり遊んでいたので隣の席がたまたま外国人になった時には、もう興味津々です。
授業中にちょっかいを出して先生から呼び出されて怒られる事もよくありました。

今とかわらず、興味があると周りが見えなくなってしまう性格のようです・・・。

又、お調子者でとても影響されやすい子でもありました・・・。(^_^;)
当時少年ジャンプが全盛期で「ドラゴンボール」が流行っていれば私も修行という名目でそれを真似して 足にトレーニング用の重りをつけて学校に行きます。

・・・・それもずーとつけているものですから足の負担になって、ついには肉離れを起こした事もありました。

又、同じ頃に流行っていた漫画「スラムダンク」に影響を受けて、体育の時間になればとにかくバスケットボールを一生懸命やるようになります。
当時 6年生の担任だった先生は(現在は地元の小学校の校長先生をやっていらっしゃいます。)
バスケットボール指導では有名な先生でして「今日は数学の授業をやめてバスケットボールやっちゃうか〜。」 なんて生徒を乗せたりするもんですから、子供ながらに「先生が違うとこんなに学校って楽しくなるんだ・・・。」とこの先生の生徒で本当によかったと思いました。
おかげで私の小学校生活は本当に充実していたのは、いい思い出です。

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