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ホソダ興産 社長物語

中学校時代

そんな楽しい小学校生活でしたが中学校は家の引越しの関係で別の学校に通うことになります。

そしてそこは小学校の時とは対照的に、地元農家の古くから住んでいる子供だけが通う学校で、中学校3年間で転校生は私だけでした。 しかし転校してみて思ったのは、前の学校と違って「のどかでゆっくりだった。」という事です。

部活はスラムダンクの影響でバスケットボール部に入りました。
私の体は小柄でしたが先輩にも恵まれて毎日とにかく一生懸命、勉強、運動に頑張っていました。

そんな中学1年の冬にある事件が起こります。
それは私にとってとても辛く、やるせない事件でした。

私が年明け前から楽しみにしていたスキー合宿(4泊5日)にいってニコニコ顔で帰ってきた時のことです。

いつものように帰宅すると、何か不思議な違和感を感じます ・・・・・・・・・
兄弟の顔、家の状況、とてつもなく暗い雰囲気が漂っていたのです。

家の中は閑散としていて、何となくいつもと違う感じです。

・・・・・そうです。

家にいるはずの母の姿が消えていたのです。

しかも私が合宿に行ったその日にから戻っていないと言うではありませんか。

うちの両親はいつも喧嘩していたので、何となく子供ながらにハラハラしてはいたのですが、

急に居なくなるとあせるもので、その当時は本当に一生懸命探しました。
自転車で半径10キロ、賃貸マンション、アパートの宛名に見つかるはずのない母親の名前を探します。
子供心に諦められず、多い時には泣きながら1日に100件以上の表札を探す日々が続きました。

そして最後には・・・現実を受け止めます。
しばらくの間は言葉にならないむなしさ、寂しさでいっぱいでした。
また、当時は今ほどドラマなどで家族問題を放送するような時代ではなかったので、友達にもそういう悩みは一切言えませんでしたし、自分ではどうしようもない挫折と空虚感を日々、感じていたのです。

そんな日々でしたが、ある地点から現実を受けとめて勉強、部活に没頭するようになります。
そういう姿勢が良かったのか!?担任の先生に、「最近頑張っているね。健を地元の県立進学高の推薦で押そうか!」という話をいただく事になります。これが中学校3年生の時の出来事でした。

ただし条件は「希望者の中から通信簿の平均が高い子から選ぶ。」という事で・・・・クラスから1人だけでした。
先生の話によるとそこの高校には推薦希望者が多いので
「同じ位のレベルでちょっと離れた高校なら安心して挑戦できるんじゃないの!?」
・・・ともアドバイスいただきました。

その高校は中学校からも 近かったのでクラスの中でも人気がありました。
そして、私には強力なライバルがいたのです。

そう、どこの学校にもいるクラスのヒーロー的存在。
運動神経バツグン、頭も良くて人望も厚い!まさにスーパーヒーローです。
そして先生から彼もその高校の推薦を狙っているという事を聞いて、正直一瞬目の前が真っ暗になりました。

「彼が出るんでは俺は勝てない・・・・。」

だいぶ落ち込んだ後、落ち込んでいてもしょうがないので気を取り直して再度、推薦条件を聞きに行きます。
よく整理してみると推薦の成績査定は中学2年〜中学3年の2学期位までの通信簿の平均点の上位者から順に押すことになっています。
そして現在はクラスのスーパーヒーローである彼の方が成績が良いとの事です・・・・。

それを聞いて私はがぜん・・・燃えました。
頭が悪いのはよく判っていたので、とにかく人よりも量を多くやるしかないと1日10時間近く勉強しました。
そして徐々に成績を上げて最終的にまったく同順位でクラスから2人を推薦して高校側に選んでもらおうという所までこぎつける事ができたのです。

そして運命の日・・・・・。

両者同一順位で面接をおこない、小論文を書きました。

そして、気が遠くなるような長い時間をへて合格発表です。
結果、奇跡的に私の方がお目当ての高校へ進む事になります。
その時に、“私は運が良い!!”と実感しました。

そしてその春から私は地元の県立高校へ進むこととなります。

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