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ホソダ興産 社長物語

社会人編

そして気が付けばいつの間にか大学の卒業式を迎えていました。
私は人一倍お世話になったゼミの先生やいろいろな課にコンタクトを取ってくれた学長の秘書さんにありがとうの気持ちを込めて花を贈ります。 そして帰りには2年ほどではあったけれども水戸駅の掃除をさせてもらった水戸整備公団の所長にも卒業のあいさつに行きました。

・・・すると「ちょっと一緒に行こう・・・・・」と連れて行かれ予想しなかった出来事が起こります。

ホソダ興産 社長物語茨城新聞に大きく掲載されました

そう、それはJR水戸駅長から2年間のゴミ拾いボランティア活動の感謝状を頂くことができたのです。
これは言葉にならないくらいジーンときました。
(この感謝状を頂いた事は、後に茨城新聞に掲載していただくことになります。)

ゴミ拾いのおかげで掃除中に友達と会っても胸を張って笑顔で挨拶できた。そのおかげで自分の殻を突き破ることが出来た。
ゴミ拾いのおかげで人とは違った視点で物事を見られるようになった。そして、そのおかげで交流会の企画で皆でゴミ拾いをして楽しい経験をすることが出来た。
ゴミ拾いのおかげで水戸観光協会とのつながりが出来た。(後に観光協会に車椅子を寄付させていただきました。)
ゴミ拾いのおかげで水戸の千波湖の花火大会の後の清掃が出来た。(ゼミで観光協会から感謝状を頂きました。)
ゴミ拾いのおかげで教育実習先の中学校で講演することが出来た。

これらすべての事は水戸整備公団の所長がゴミ拾いをさせてくれたからです。
2度目、3度目で駅長室に行くことをあの時諦めていたら・・・・・・。

あの時父の後押しが無ければ・・・・・・。

すべてが絶対に実現することはなかった事ばかりです。

そして交流会が終わって、向かう方向がなかった大学生活で学んだ知識と経験、溢れる熱意をとにかく仕事に突入させた結果、出来ないながらも社内のIT化と仕事のシステム化、情報発信を強くする事だけを念頭に死ぬ気で頑張ってきました。そして社会人になったらとにかく結果主義という事で何に関しても1にも2にも「結果」にこだわって仕事してきました。

もちろん仕事をしていく中では辛い事も沢山あります。
30年努めた経理担当者が、急に辞める事になり、何も判らず“息子だから”と30年の歴史を1週間で引き継いだ日もました。又、清掃員が同時に何人も辞めて泣きながら掃除をした日もありました。(この時は年末年始で清掃件数も大変多くてとても困りました(^_^;)) それぞれの場面では本当に幸くて
「私ばかりになんで問題が起こるんだろう・・・・。」
「普通の社員だったらこんな重責を背負わずにすむのに・・・。」
「俺だってそうしたいけれども・・・。」
と親父の経営哲学と社員の考えとの板挟みにあう事もシバシバあり、それこそ胃が痛くて眠れない夜が連日続きました・・・・。
そういう状況の真っ最中は何よりも体中いたくて、精神的にも辛いですが、そういう問題に直面し、苦しみそれを乗り越えるために本気になって考えて、とにかく一歩ずつ改善、改良をしていけば必ず問題が起こる前よりも状況は良なってきました。
そして歩いてきた道を振り返れば前よりも便利で実績は良くなっているから不思議です。

そういういくつかの山を乗り越えてきた結果、当初は賃貸の入居率が7割近く下がってきていたものを現在は9割を越える水準にまでに回復していました(そのかいあって管理物件も徐々に増えていきました。)

また例年、数百万円単位の赤字だったウィークリーマンション事業もIT化を進めてから2年後にはお世話になった水戸市へ。その後、栃木県小山市、茨城県牛久市、阿見町、龍ケ崎市、最近では土浦市や千葉県野田市、流山市にもOPENさせることができます。

また関連して現在では団体専用の施設や水周り共用のオシャレなBOXルームなどを含めまして部屋数も当初の20倍増の茨城、栃木、千葉県の52ヶ所に急拡大しております。

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